地学クラブ講演会(4月)のお知らせ

「モンゴル国アウラガ遺跡の調査」
加藤晋平(元千葉大学教授)

平成19年4月20日(金)14時から
東京地学協会行動において開催。

(要旨)
アラウガ遺跡はモンゴル国首都ウランバートル市東方250キロ、ヘンテイ県デルゲルハーン村にある。ヘルレン河に流れ込む支流アウラギン川右岸に沿って東西1200m、南北500mの範囲に大小様々な建物遺構が散布している。2001年から、モンゴル考古学研究所と共同して、遺跡の中央北側に位置する最大の基壇を発掘してきた。その結果、1210年代頃までに造られたチンギス・カンの宮殿上に、1229年にオゴタイの宮殿へと改造され、そして最上層に1300年頃フビライの孫晋王カマラによる廟が建設され、15世紀頃、この廟が内蒙古に移るまで、以後2世紀ほど利用され続けたことが明らかになった。
宮殿址の周囲には穴がいくつも掘られ、焼けた獣骨片と灰が充填していた。レーダー地下探査の結果、このような穴が無数に存在することが明らかになった。穴を掘り、犠牲獣の遺体を焼くという儀式(焼飯儀礼)が頻繁に行なわれていた。チンギス・カンの死後、何世紀にも亘り、このような祭祀がこの場所で繰り返されていた。出土した獣骨は、ウマ、ウシ、ヒツジであり、ヒツジ(500点以上)とウマ(159点)の比率はほぼ3対1であった。中央宮殿で行なわれた焼飯儀礼は、祖先神を祀る儀礼であった。
平成18年度の調査結果は遺跡東端に近い第8地点であった。ここでも焼飯儀礼を示す遺構と共に、木製櫛、白樺容器、布切れ片などの生活用具、6条オオムギ、コムギ、キビ、ソバなどの雑穀類、桃の種子が多数発見された。栽培植物は、穂、茎、根をそのまま残していた。これらの放射性炭素年代測定の中間値を取ると1205AD、1245AD、1252ADである。
また、ヒツジ、ヤギ、ウマ、ウシ、イヌ、タルバガン、卵殻片などが発見された。 中央宮殿では、ウマ(159点)とウシ(77点)の出土比率が、2対1であるが、第8地点では、1対1.7の割合で、ウシ(180点)の出土量がウマ(105点)の2倍弱の逆比率となっている。ウシの骨が多いのは、祭祀を行っていたからである。