「女神の進化に現れた自然と人間の相互作用」

榧根 勇(筑波大学名誉教授)

東日本大震災の影響等により中止となった講演(3月18日予定)を、改めて下記日程にて行います。

平成23年11月21日(月)午後2時より
東京地学協会2階講堂において

要旨
私たちの学生時代、自然環境決定論は諸悪の根源のように批判された。近代という時代の二つの基石の一つ、デカルト的二元論に反するからであろう。だが腑に落ちないところもありずっと気がかりだった。遅蒔きながら、インド生まれの女神というミーム(文化遺伝子)の進化から、自然環境が人間の心にいかに作用するかを探ってみたい。インド・アーリア人は沙漠の神々と共にパンジャーブ平原に入り、水の恵みを与えてくれる聖河サラスヴァティーと出合い、それを「河の女神」として崇めた。さらに東進してガンジス河と出合ったとき、サラスヴァティーは「河の女神」の地位をガンガーに奪われ、一度は地中に潜って消えた。しかし弁舌・音楽・学問など「才能の女神」となって甦り、そのミームを残し続けた。弁舌の才あるサラスヴァティーは漢字の国で「弁才天」という名を得たが、漢族の風土ではミームを後世まで残せなかった。しかし日本へ渡り、水に恵まれた風土で本来の役割「水の女神」に戻ることができた。日本ではさらに「弁財天」という名も得てそのミームを水辺などに多数残した。同じくインド生まれの「Well-beingの女神」シュリー・ラクシュミーは、ジャワ島を経由してバリ島へ渡り、重力と水に恵まれた稲作中心のこの島で「稲の女神」デウィ・スリに進化した。そして沙漠では「闊歩の神」だったヴィシュヌが進化した「水の男神」デワ・ウィスヌと対になって、バリ島の「維持神」としてそのミームを大量に繁殖させた。この女神の漢字名は「吉祥天」である。女神は人の心を映す鏡である。女神のミームの進化は、自然環境が作用した人の心の場所による違いを示している。自然地理学は、研究対象を自然と人間の相互作用にまで拡張することにより、サラスヴァティーのように甦ることができるかもしれない。