「女神の進化に現れた自然と人間の相互作用」

榧根 勇(筑波大学名誉教授)

平成23年3月18日(金)14時00分より
東京地学協会講堂において

要旨
私たちの学生時代、自然環境決定論は諸悪の根源のように批判された。近代という時代の基石の一つだったデカルト的二元論に反するからであろうが、腑に落ちないところもあり、ずっと気がかりだった。遅蒔きながら、インドで生まれた女神というミーム(文化遺伝子)の進化から、自然環境が人間の心にいかに作用するかを探ってみたい。インド・アーリア人は沙漠の神々と共にパンジャーブ平原に入り、水の恵みを与えてくれる聖河サラスヴァティーと出会い、それを「河の女神」として崇めた。さらに東進してガンジス河と出合ったとき、サラスヴァティーは「河の女神」の地位をガンガーに奪われ、一度は地中に潜って消えた。しかし弁舌・音楽・学問などの「才能の女神」となって甦り、そのミームを残し続けた。才能あるサラスヴァティーは漢字の国で「弁才天」という名を得たが、そこではミームを後世まで残すことができなかった。しかし水に恵まれた日本へ渡り、本来の役割である「水の女神」に戻ることができた。日本ではさらに「弁財天」という名も得てミームを水辺などに多数残した。同じくインド生まれの「Well-beingの女神」シュリー・ラクシュミーは、ジャワ島を経由してバリ島へ渡り、重力と水に恵まれた稲作中心のこの島で「稲の女神」デウィ・スリに進化した。そして本来は「闊歩の神」だったヴィシュヌが進化した「水の男神」デワ・ウィスヌと対になって、バリ島の「維持神」としてそのミームを大量に繁殖させた。この女神の漢字名は「吉祥天」である。女神の役割が鏡に映った人間の心であるならば、女神のミームの進化は自然環境が作用した心の場所による違いを示していることになる。自然地理学は、研究対象を自然と人間の相互作用にまで拡張することにより、サラスヴァティーのように甦ることができるかもしれない。