ジオ鉄マップとは? -自然を楽しむ鉄道旅行の魅力
藤田勝代 (公益財団法人深田地質研究所主任研究員、深田研ジオ鉄普及委員会幹事)

 鉄道を利用しながら沿線に広がる地質・地形を楽しむ旅を通して自然科学に興味を持ってもらいたい。そんな願いのもと国際惑星地球年を契機に始まったユニークな取組み「ジオ鉄」(加藤ほか,2009)は、現在、深田地質研究所の地学普及事業として、深田研ジオ鉄普及委員会が中心となって活動を展開している。

 ジオ鉄では、鉄道を通じて「見る」「触れる」「感じる」ことのできる地質・地形遺産、鉄道と深く関わる文化遺産や鉄道敷設の歴史の魅力を発掘し、その見どころ(ジオポイント)を解説するのが特色である。 一般の人から専門家まで知的好奇心をくすぐられる、自然を楽しむ鉄道旅行の魅力とは?!

 講演では、公開したばかりの公式サイト『ジオ鉄Web』の紹介も交えつつ、ジオ鉄目線で取組む地球科学のアウトリーチ、ジオ鉄マップの企画・編集の制作過程、そして実際に「ジオ鉄マップ」を手に取って広げながら、ジオ鉄マップで行く大糸線の楽しみ方を紹介した。

 
 

 
1.ジオ鉄のはじまり

 「ジオ鉄」誕生のきっかけは、国際連合傘下のユネスコにより策定された国際惑星地球年(IYPE2007-2009年)にある。「社会のための地球科学」を標榜するIYPE日本事業委員会の一員となった藤田勝代、協力者の加藤弘徳氏(株式会社荒谷建設コンサルタント)・横山俊治教授(高知大学)の3名が、地球科学のアウトリーチ企画を練ったことに始まる。一度聴くと印象に残る言葉、「ジオ鉄」という用語は、地球や大地を表す言葉に用いられるgeo-(ジオ)と、鉄道ファンの愛称「鉄(テツ)」にちなむ造語で、鉄道に対する親しみと敬意が込めて(上述3名によって)命名された新しい言葉である。

 「ジオ鉄」の発想は、地質業界における地質技術者の諸先輩方の鉄道愛好家の多さと、その尽きない豊富な話題が源になっている。地質技術者の目線で語るジオと鉄道の魅力を、一般の人に伝えたいというちょっぴりマニアックな試みを発展させ、自然科学や科学技術に対する認識・興味が向上することを願いながら、鉄道を利用して地質・地形を気軽に楽しむ旅行の提案「ジオ鉄」は始まった。

 ジオと鉄道、両方の魅力を存分に味わう「ジオ鉄」は、鉄道旅行を知的に楽しむ、新しい形のジオツアーとして注目を集めつづけ、2009年に全国に向け公表して以来、ジオパーク活動の機運の高まりとともに知る人ぞ知る取組みになった。

 
2.ジオポイントを発掘する!

 ジオ鉄では、鉄道を通じて「見る」「触れる」「感じる」ことのできる地質・地形遺産や、鉄道と深く関わる文化遺産、 鉄道着工に至る当時のルート選定の苦難のエピソードなどを読み解いてゆく。我が国の国土の7割を占める山間部に、縦横に張り巡らされた鉄道網は、山地や河川と密接に関わる。そういった鉄道沿線にある多くの見どころを、ジオ鉄では「ジオポイント」として発掘している。

 「ジオポイント」として着眼するのは有名な観光スポットだけではない。車窓越しに目に入ってくる何気ない風景の謎を、科学的目線で捉える。地質や地形に関わりの深い鉄道施設、森林鉄道や鉱山鉄道、廃線跡もターゲットだ。安全・快適な列車運行のために進歩してきた土木や防災技術など、これまで一部の専門家やマニアしか知らなかったような事象を、沿線のジオポイントとして一般向けにわかりやすく解説することを心がけている。

 たとえば、四国の地質を縦断するJR 四国土讃線(多度津~窪川駅)は、中央構造線の断層谷や、隆起を続ける四国山地とそれを削る大歩危・小歩危の渓谷美、日本最後の清流といわれる四万十川など、多くの地質・地形要素を抱え、度重なる土砂災害に対するルート変更や今も残る2箇所のスイッチバック、カーブの多い山岳地帯を快走するための世界初の制御振り子式気動車の導入など、ジオ鉄の要素が満載の路線である。それらを、地質技術者が気になるジオ鉄目線でジオポイントとして紹介してゆく。また途中下車での散策(徒歩・レンタサイクル)に適した場所や、自然と鉄道を一緒に写せる撮影場所(ジオ鉄写真)などツーリズムの要素を取入れるスタイルが独創的な特徴で、それらを大きく捉えるならば、鉄道網を利用した地学普及の社会的実践とも言える。

 
3.多彩な活動とアプローチ

 ジオ鉄では、2014年春までに、四国地方(JR土讃線・JR予土線・土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線、土佐くろしお鉄道中村・宿毛線)、中部地方(JR大糸線)、北海道地方(JR富良野線)の6路線をジオ鉄路線として公表し、普及を重ねてきている。

 学会活動ではほぼ毎年、新しいジオ鉄路線を、日本地球惑星連合科学大会などで発表している。ジオパーク関係者、地球科学の研究者、そして鉄道ファンからの応援を得て、ジオ―パークの盛り上がりと時期を同じく認知度も高まった。

 初期のころから、リクエストに応じ各地で講演会や講座、ジオ鉄マップ企画・編集、現地ツアー、書籍執筆、メディア掲載、惑星地球フォトコンテスト(主催:日本地質学会)協力など、数々の普及活動も平行して行っている。

 とくに2013年春から始まった高知新聞連載「ジオ鉄®の旅-列車で楽しむ四国の地質と地形」では、ジオポイントを絞りメインの写真を据えて、じっくり解説するスタイルで、ジオ鉄を深く味わう試みを行っている。

 また、毎年協力している惑星地球フォトコンテスト(主催:日本地質学会)では、今年から最優秀賞や優秀賞、ジオパーク賞などのほかに「ジオ鉄 賞」が新設された。ジオ鉄写真撮影の楽しみが広がってくれると嬉しい。

 
4.ジオ鉄マップを企画する

 ジオ鉄の魅力を存分に味わってもらいたいと、企画から編集まで我々が取り組んだのが「ジオ鉄マップ」である。これまでに「ごめん・なはり線」と「JR大糸線」の2種類のジオ鉄マップが発行されている。2種類のジオ鉄マップのいずれも、ジオパークとのコラボで注目を集めた。路線の範囲は、始発駅ら終着駅までとし、レールの延びるところおのずと市町村境界を越える。沿線をまるごとジオ鉄で堪能できるだけでなく、ジオパークのエリアも越えて、ジオパークの現地へ至るまでのアクセスの魅力を高めるガイドマップとしても好評を博している。

【ごめん・なはり線ジオ鉄MAP】 ジオ鉄マップ 第1作目

 2011年にごめん・なはり線活性化協議会とのコラボで実現した。エリアは高知県東部。太平洋を眺望しながら秩父累帯,四万十帯の付加体地質の上を走る土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線のジオ鉄をメインに、阿佐海岸鉄道阿佐東線、魚梁瀬森林鉄道を取り上げたほか、未成線区間にあたる室戸ジオパークの地域を対象として、高知県東部エリアを鉄道で繋ぐジオ鉄の魅力創出に力が注いだ。完成したマップは同年7月実施の室戸ジオパーク世界審査会に活用されたほか(同年9月室戸世界ジオパーク認定)、高知県内観光案内所や有人駅等で1万部が無料配布された。2013年には、高知県によって第2刷がさらに1万部増刷され、現在も県内観光案内所や有人駅で配布されている。

【JR大糸線ジオ鉄マップ】 ジオ鉄マップ 第2作目

 2012年に糸魚川市とのコラボで実現した。長野県松本駅から新潟県糸魚川駅まで全長105.4kmの路線を旅するJR大糸線。ジオ鉄マップでは、北アルプスを展望しながらフォッサマグナと姫川沿いを走るJR大糸線と糸魚川世界ジオパークの魅力をたっぷりと紹介している。

JR大糸線のエリアでは、2015年3月に北陸新幹線が開通し、都心から糸魚川へのアクセスも格段に良くなる。それに合わせたフォッサマグナミュージアム(糸魚川市)のリニューアルオープンも待ち遠しい。大糸線のジオ鉄を楽しむ機会がますますこれから増えることを期待している。

 講演の中では、ジオ鉄マップの制作のノウハウ、苦労話のほか、JR大糸線のジオ鉄マップを実際に手にとってもらいながら、各地のジオポイントを解説しながら、松本から糸魚川まで、机上とスライドによる乗車体験を行った。

 
5.ジオ鉄の新しい試みとこれから

 現在、ジオ鉄の活動は、2013年に創設した深田研ジオ鉄普及委員会による運営のもと、一層の充実を図っている。2010年には用語「ジオ鉄」(商標登録第5378786号)で商標を取得し、社会的認知へ向けた体制も進めている。

 「ジオ鉄」という言葉を使って一緒になにかやりたい!という多くの声に応えて、正しい用語の理解のもと「ジオ鉄」を普及することを目的に、2014年秋に「ジオ鉄利用規定」を施行した。利用には申請書の提出が必要であるが利用料は「無料」である。より多くのジオ鉄賛同者とコラボしながら、これからもジオ鉄を楽しんでいきたい。

 

 いつも見ているあの風景、いつも乗っているあの列車が、ジオ鉄という価値観を持つことによって、ひと味ちがう魅力を発揮したら面白い。それぞれの人が、思い思いのスタイルでジオ鉄を楽しむ、そのヒントになる材料を提供できれば嬉しい。そして、それが自然な形で、地学教育の裾野を広げるきっかけの一助になればと願っている。

 出席者数20名