開催概要:「最近の助成研究から」と題して、東京地学協会調査・研究助成金による研究にその後の研究も加えて研究成果をお話しいただいた。
日時:平成30年12月14日(金)
14:30~16:45
場所:アルカディア市ヶ谷7階妙高の間(東京都千代田区九段北4-2-25)
参加者数:28名
講演内容: 講演1
「北海道十勝地方のアースハンモック」

明治大学名誉教授 小疇 尚氏

 アースハンモックは草や矮小灌木に覆われた、径1~2メートル、高さ数10センチメートルの土饅頭で、永久凍土地域から冬半年地面が凍る季節凍土地域まで広範囲に分布している。北海道の低地では60年前に初めて発見され、「十勝坊主」と名付けて報告された。その後、他地域でも確認されているが、全道的な分布は調べられていない。最近、Google earth 画像判読や地元からの情報提供などによって、これが十勝地方の各地に分布していることが分かり、その調査を複数の研究者や十勝自然保護協会のメンバーと共同で始めた。継続的な現地調査の必要を感じたのが今回の助成研究のきっかけである。

 
▲帯広市泉(空港)のアースハンモック(右は植生を撤去したところ)
 ※写真をクリックすると拡大表示します

 十勝坊主は、現在20個所ほどで見つかっている。いずれも低湿地よりやや高い、地下水位が数十センチメートルのところに集まっている。断面を観察すると、下からの突き上げにより形成されたことを予想させ、火山灰層との関係から、現成のものと思われる。

 これまでに海外では、季節凍土のアルプス、ノルウェー、アイスランド、ニュージーランド、永久凍土のヒマラヤ、崑崙山脈、スピッツベルゲンなどでアースハンモックを観察した。十勝平野のものは、同じように火山灰土が分布するアイスランドのそれによく似ている。

 有力な成因説は、永久凍土の融けた表層(活動層)が再び凍る時、地表から凍っていくので、融けた部分に厚みの差があると、厚い部分の凍らずに取り残された泥に圧力がかかって上部に突上げ、これをくり返して少しずつ高くなっていくというもの。永久凍土地域でも傾斜地のものは、断面を見るとパサパサに乾燥したものが多く、これはむしろ凍土が融ける時に融解地すべりで草地が分割され、それぞれが凍上によって盛り上がったことが成因と考えた。しかしこれらの説は、季節凍土の十勝地方のものには当てはまらない。

 十勝平野のものは、草地が凍結時に収縮して割れ、分割された地面が凍上を繰り返して丸く盛り上がったと考えられる。裏付けデータを得ようと観測を始めたが、初年度は冬期の積雪が例外的に多く、地面の凍結が深くまで及ばなかった。

十勝平野は、我が国で最も見事なアースハンモック分布地と認められ、アースハンモックの形成プロセスと形状維持のメカニズムの解明には最適の地と考えられる。また、発達の盛期をすぎたアースハンモックがあり、崩壊過程も明らかにできる可能性がある。

 助成金により、現地で気温、地温の観測を始め、今も地点を増やして観測を継続している。これまでの調査で、凍結の作用を強く受けて活動中のものとそうでないものがあり、後者の方が多いことが分かった。その原因として開発事業に伴う地下水位の低下と、それに伴う植被の変化が指摘されているが、むしろ気候温暖化とくに最低気温の上昇に伴う土壌凍結の弱化によるところが大きいと考えられる。

 温暖化の影響は、氷河の著しい後退という形で目にすることができるが、十勝地方ではアースハンモックの不活発化に表れているのではないかと考えている。データを整えて、地元のアースハンモック分布地保護活動に役立てたい。


講演後、会場と演者で次のような意見交換があった。
会場:地表の物質移動はないのか。
演者:植生に被われているため、ない。
会場:関係機関に保護を申請する時、現在の形態を維持することを目的にするのか、現在の環境に任せてその経過の観察することを目的にするのか。
演者:地元は前者を考えているようだが、演者は後者がいいと思う。
会場:イタラタラキは地名か。
演者:かつては広域地名だったようだが、今は川の呼称だ。
会場:イタラタラキは和人を意味するのではないか。
演者:十勝坊主のことを指すという説もある。
会場:氷期には関東地方でもアースハンモックが形成されるような気温になったと思われるが、それが発見されないのは、雪に被われて保温され、形成されなかったのではないか。
演者:考えられる。


■参考文献
  • 山田 忍(1959)野地坊主と十勝坊主について 土壌肥料学会誌30 45-52
  • 小疇 尚(1965)大雪火山群の構造土 地理学評論 38 179-199
  • Nogami, M, et al 1980 Periglacial Environment in Japan: Present and Past. GeoJournal 4 125-132






講演2
「ミャンマーの石灰岩から白亜紀中頃の礁性生物の進化史を探る」

富山大学大学院 理工学研究部(都市デザイン学系)教授 佐野晋一氏

 今回の助成研究実施時には福井県立恐竜博物館に勤務していたが、恐竜ではなく、恐竜時代の海の生物を研究している。過去の生物礁に由来する石灰岩には生物多様性の変遷が記録されていることで注目されるが、中生代にはサンゴ礁が存在しない時代があった。白亜紀中頃は、高海水準で、極域にも氷床が発達せず、著しい温暖化が進んだ"温室地球"期として知られ、テチス海域を中心に大規模な炭酸塩プラットフォームが発達したが、その主役はサンゴではなく、奇妙な形態を持つ二枚貝(厚歯二枚貝)であった。古気候シミュレーションによると、当時の気候を再現するためには、大気中の二酸化炭素濃度が現在の4倍以上でなければならず、当時の活発な火山活動がその要因と考えられる。当時の高海水温や、海底での大規模な火成活動の結果として、サンゴ骨格を形成する霰石が沈殿しにくい海水組成になったことなどがサンゴの衰退を招いた可能性がある。このような時代背景の元で、厚歯二枚貝が繁栄し、大規模な厚歯二枚貝石灰岩が形成された。厚歯二枚貝石灰岩は、日本にも輸入されてビルなどの石材としてしばしば利用されており(例えば、地下鉄銀座駅)、また、中東やカリブ海周辺地域では多量の石油を胚胎している。

 厚歯二枚貝は大型で、しばしば多産するため、生層序や古生物地理、"温室地球"期における海洋環境を議論する上で注目される。19世紀以来、主に地中海地域やカリブ海地域、中東地域などで研究が進められ、白亜紀を通じて繁栄と衰退を繰り返したこと、後期白亜紀前半の衰退期以降に多様化を遂げ、著しく大型化したものが出現したことがわかっている。これに対し、太平洋域やテチス海東部地域には研究の広大な空白域が存在していた。

 日本では、1920年に最初の記載論文が出版されるなど、古くから厚歯二枚貝の産出が知られてきたが、温帯域の例外的な産出記録として扱われ、1990年頃までは、世界的な古生物地理や古海洋の議論では事実上無視される状況にあった。近年、演者や共同研究者により、日本やフィリピン、チベット南部などにおいて、前期白亜紀の厚歯二枚貝相の研究が進められ、これらの地域で顕著な多様化を遂げたグループが存在し、後期白亜紀に汎世界的に栄えたグループの祖先形と考えられるタクサも含まれるなど、新たな知見が明らかにされた。注目すべきは、他の地域では化石記録にギャップがある時期のものを含んでおり、太平洋域は、環境悪化による絶滅イベント、および引き続く衰退期における避難所になっていたようだ。ただし、後期白亜紀前半の化石が見つからないため、後期白亜紀に繁栄した厚歯二枚貝のグループとの直接の関係は検討できていない。

 太平洋域では前期白亜紀末で礁性生物化石の記録がなくなるため、白亜紀中頃の礁性生物進化史を考える上で、太平洋域とテチス海東部地域の中間に位置するインドシナ半島の記録が注目される。ミャンマー北部には同半島では唯一となる白亜紀の礁性石灰岩の分布が知られるが、古生物学的研究は60年以上前に大型有孔虫が記載されたのみにとどまる。東南アジアは日本からの距離も近く、ミャンマーは研究対象地として魅力的である。

 幸い、現地研究者と連絡が取れ、現地調査の実現可能性を確認できたので、厚歯二枚貝などの礁性生物の産出を確認すべく、東京地学協会の助成金を利用して調査を実施した。その結果、厚歯二枚貝やコンドロドンタ(カキ類似の二枚貝)などの産出をインドシナ半島において初めて確認することができた。ミャンマーの厚歯二枚貝相はチベット南部の前期白亜紀末のものと酷似しており、太平洋域と西南アジア地域のみからしか報告がない属も含まれるなど、本地域が当時「西南アジア-太平洋生物地理区」に属していたことが示唆される。また、ミャンマーにはチベットでは未報告の属が産出する可能性も注目される。本地域の石灰岩体はかなり大規模で、追加情報を得られる可能性が高く、ミャンマーの礁性生物相の研究は、白亜紀中頃の生物地理区の消長や変遷を議論する上で今後重要な役割を果たすものと期待される。


▲ミャンマー北部の白亜紀浅海成石灰石における厚歯二枚貝の産状
講演後、会場と演者で次のような意見交換があった。
会場:日本で最初に厚歯二枚貝の研究を行ったのは誰か。
演者:江原真伍さんが宮古層群産のものの研究を行った。
会場:白亜紀には二酸化炭素が4倍以上だったと推定されるということだが、その場合、海水が酸性になり、それが厚歯二枚貝の繁栄に働いたのではないか。
演者:海洋酸性化の影響を重視する見方もあるが、後期白亜紀にはチョークなどの多量の炭酸塩も堆積しており、今回は海水組成変化を重視する見解を紹介した。




回覧資料:厚歯二枚貝の化石3点