東京地盤物語 ― 東京の地盤研究の歩み

日時
2026年9月3日(木)15:00~16:30 講演後に地学会館内で交流会(~18:00)
場所
東京地学協会地学会館2階講堂
参加者数
35名
講演内容
東京の地形は、山地・丘陵地・台地・低地・島しょから成り立っている。本講演では、その中でも都市の形成と防災に深く関わる台地と低地の地盤について述べる。
東京の地質研究の歴史は、明治時代に来日した外国人地質学者から始まる。ドイツの地質学者エドムント・ナウマンは、日本列島の地質構造を初めて体系的に調査し、関東平野の成り立ちにも大きな関心を寄せた。ナウマンの後任として東京大学教授に招かれたドイツ人地質学者ダーフィト・ブラウンスは、東京周辺の地質や地形を調査し、貝化石の研究などを基に山の手台地は洪積層と第三紀層(鮮新統)から構成されるとした。
ブラウンスに学んだ日本人地質学者鈴木敏(地質調査所第三代所長)は、山の手台地とその周辺の地層や地形を詳細に調査し、その成果を『東京地質圖および説明書』(1888年)としてまとめ、日本人による本格的な東京地質研究の礎を築いた。
その後、東京の地盤研究は、1923年の関東地震(関東大震災)を契機として飛躍的に発展した。帝都復興院(のちの復興局)は、震災復興事業の基礎調査として約800地点でボーリング調査を実施し、『東京及横濱地質調査報告』(1929年)を作成した。この地震では東京・横浜に甚大な被害が発生したが、その被害分布は地盤条件と密接に関係していることが明らかとなった。山の手台地では比較的被害が小さかったのに対し、有楽町層などの軟弱な沖積層が厚く分布する東京低地や横浜の埋立地では、地震動の増幅や液状化、建物の倒壊や火災が集中した。この経験は、地質・地盤調査の重要性を社会に強く認識させる契機となった。
戦後、高度経済成長に伴う都市開発、地下鉄建設、超高層建築の増加を背景として、東京都では詳細な地盤調査が進められた。その成果として、東京地盤調査研究会による『東京地盤図』(1959年)や、東京都土木技術研究所による『東京都(区部)地盤調査地質図』(1969年)は、地下の地層構成や軟弱地盤の分布を体系的に示した画期的な資料となった。さらに、『東京都総合地盤図Ⅰ』(1977年)では、約8,200本に及ぶボーリング資料を基に地下地盤を総合的に解析し、都市計画、防災、土木設計の基礎資料として広く利用されている。
一方、明治末期から始まっていた地盤沈下は、戦後の地下水揚水量の急増によってさらに深刻化した。特に東京低地では著しい沈下が生じ、その機構を解明するため、都内数十か所で深度数百メートルに及ぶボーリング調査が実施された。その結果、帯水層の構造や更新統の層序が明らかとなり、地下水管理や地盤沈下対策の基礎が築かれた。
さらに、1995年の阪神・淡路大震災を契機として、全国各地で地下構造や活断層の調査が本格化した。東京都でも反射法地震探査が実施され、地下約3,000メートルまでの地質構造が明らかとなり、首都圏の深部地盤構造の理解が大きく進展した。
近年では、産業技術総合研究所が公開した『都市域の地質地盤図 東京都区部』(2021年)により、地下の地層構造を立体的に把握できるようになった。これにより、埋没谷、有楽町層、東京層、下総層群などの分布や形状が三次元で可視化され、地震防災、液状化予測、地下空間利用などへの活用が進められている。
配布資料
中山俊雄(2021)自治体からの3次元地質地盤図への期待.GSJ地質ニュース Vol. 10, 159-161.
https://www.gsj.jp/data/gcn/gsj_cn_vol10.no7_p159-161.pdf
閲覧資料
- 復興局建築部(1929)『東京及横濱地質調査報告』
- 東京地盤調査研究会(1959)『東京地盤図』
- 東京都土木技術研究所(1996)『東京都(区部)大深度地下地盤図-東京都地質図集6』
- 産総研地質調査総合センター(2021)『都市域の地質地盤図「東京都区部」(解説書)』
- 産総研地質調査総合センター(2021)GSJ地質ニュース Vol. 10 No. 7『特集 東京23区の三次元地質地盤図』

